善き人々に出逢う旅 令和7年8月

多くの人々との出逢いに学ぶ(続)

歌に愛され、歌を愛したゴスペルシンガー Natsukiさんを偲んで

7月5日 日本キリスト教会札幌北一条教会

 札幌市を中心に北海道各地の教会や、様々なステージで、ゴスペル音楽を演奏していた「ブライトサッポロ」の歌姫が亡くなったのは、コロナ禍の2020年3月13日。
その『召天6年記念礼拝・演奏会』に、ご招待を頂き、「札幌北一条教会」に伺った。
生前豊かな声量とハートフルな歌声で人々を魅了した彼女は、大勢の人々に愛されていた。その活動は多岐にわたり、「ゴスペル教室」で沢山の生徒を育てながら共に「札幌雪まつり」や「ミュンヘンクリスマス市」などに何回も出演。FM北海道ラジオ番組『ナツキ・プレシャス・モーニング』では、ゴスペル曲を広く紹介。またSTVラジオの人気パーソナリティであった日高晤郎さんのボイストレーナーをつとめながら、『日高晤郎ショー』にも度々ゲスト出演していた。
 2010年11月、拙僧が企画した『カンボジア教育支援チャリティコンサート』(佐藤水産文化ホール)に、出演して頂いたのが彼女とのご縁のはじめ。「カンボジアの子どもたちに絵本を送る」という趣旨に賛同し、喜んで出演くださり、オークションの品物も提供して下さった。その後、コンサートにも伺い、「いつかえりものお寺の菩薩様の前で、ゴスペルを歌って下さい」と、約束をした。
 2019年3月、ご縁が熟して、ナツキさんとそのご両親や選抜されたクワイアの方々が拙寺を訪れてくれた。檀信徒会館に用意したステージ上に登場し、「千手千眼観音菩薩像」の前で、熱唱。おそらくお寺でゴスペルを歌うのは、最初で最後だったと思うが、何のてらいもなく自然なノリで、集まった檀信徒の皆さんを彼女の世界に引き込んだ。私がリクエストした「アメイジンググレイス」を、感動的に歌い上げてくれた。
しかし、この時すでに彼女の身体は、再発した癌に、強く蝕まれはじめていたのだ。(妹の大澤あすかさんの「闘病記」には、2019年4月に再発と記されている)もしかしたら、大分体調が悪かったのかも知れない。札幌から前日4時間以上かけて、車で移動された疲れもあったと思う。しかしそのような姿は、微塵も感じさせなかった。その後一年間、手術や治療を繰り返しながらも、彼女は最期まで可能な限り、歌い続けたのだ。
「病気で皆さんに心配をかけさせたくない」
「そのことを知ると、みんなが笑顔じゃなくなるし、歌えなくなる・・・」家族は、その願いを受け、守り続けたのだった。

 「礼拝」の儀式は、妹のあすかさんが演奏するパイプオルガンの素敵な音色、バッハの『人は皆死すべきさだめのもの』で始まり、牧師様の「祈り」で「ペトロの手紙」の一節が読まれた。
『人は皆、草のようで、その華やかさはすべて、草の花のようだ。草は枯れ、花は散る。しかし、主の言葉は永遠に変わる事がない』
 私は、ナツキさんの生涯に重ねて、次のように受け止めた。
『ナツキさんの歌声は、野の草のように可憐で、野の花のように華やかだった。草は枯れ、花は散るように、ナツキさんの肉身は天に召されたが、その歌声はいつまでも消えることなく、私達の心に永遠に生き続ける』
~もちろん、聖書の主意とは異なり、引用の後のみ教えとも離れた、私の勝手な連想です。
幾らか、仏教的な捉え方も入っているでしょう。敬虔なクリスチャンであって奏楽奉仕にも、つとめておられたナツキさんには、叱られるかも知れないね~
 辛い闘病生活を送りながら、最後の最後まで歌を諦めなかったナツキさんは、ぎりぎりまでステージを続けた。2020年1月は、治験薬投与の合間に札幌パークホテルで行われた「札幌市中央区成人式」で教え子のクワイアと共にゴスペル歌唱。その月の25日は大阪でゴスペルチームのコンサート賛助出演。翌日大阪の教会で賛美奉仕が、人前で歌う最後の姿であったという。
 宗教は異なるが、私がみた彼女の人生は、自らの幸せを二の次にして、他のために生きんとする「菩薩様」にうつった。人々の幸せを神に祈り、人々の喜ぶ笑顔を糧に、いのちを削って天性の歌声を響かせたのだ。
まさに歌に愛され、歌を愛した人生だった。

(続く)


2019年3月法光寺
ステージに上がる前のツーショット

札幌北一条教会(許可を得て撮影)