善き人々に出逢う旅 令和8年3月

二月の出逢いに感謝

二日(月)えりも町「いろり」にて

 えりも町新浜に『小規模多機能ホームいろり』という施設がある。介護が必要となった高齢者が、住み慣れた自宅で生活を続けられるように、食事や入浴、外出など地域での暮らしに必要となる様々な支援を、二十四時間体制で提供する介護サービスを行っている事業所である。当初からその開設に賛同してきた拙僧は、「運営推進委員」として、微力ながら協力を続けている。二日の夜、お二人の講師をお招きし、私ども推進委員研修と、職員キャリアパス研修が一緒に行われた。
 まず、東京からお越しの「全国小規模多機能型居宅介護事業連絡会」の山越孝治事務局長に、「高齢者の尊厳を支えるケアの確立」というテーマで、お話を頂戴した。様々な事例に即して、その理論と心構えを説かれた。特に、認知症患者に対するケアにおいて「一人一人が我がことと思って接し、環境を作って行く」という示唆に、教えられた。「家族や地域とワンチームで、本人支援、家族支援、地域支援で認知症高齢者を支える体制」。過疎化が進み、人口減少が急激に進む当地のような町では、急務であると感じた。
 お二人目の講師は、美瑛町の「社会福祉法人 美瑛慈光会」の伊藤秀之理事長。ケアマネジャーとしての出発から、福祉事業に一貫して関わってこられた体験に基づくお話を、ユーモアを交えて感動的に語られた。
 特に印象に残ったのは、先年見送ったご自身の父上についての想い出である。
 『一人暮らしをしていた父は、デイサービスを受けるようになっていたが、元気であった。しかし、ある朝、家の戸口で倒れて、息を引き取っていた。「早く施設に入れていれば良かったのに」という近所の人たちの声も後で聞いたが、自分はそうは思わなかった。
 倒れたその時、周りには大工道具が散らばっていた。庭にやってくる小鳥たちのために、巣箱を作ろうとしていたらしい。父の気持ちを想像してみると、他人のケアを受けるようになって、いきものの命を大切にする心がふくらんだような気がする。最期まで愛着のある家で暮らし気ままに元気で、自然に囲まれて生きる。そのような生き方をまっとうした人生に、悔いはない筈だ』。
『父を送ってからしばらくして、自分も巣箱を作ろうと思った。巣箱をかけてすぐには、鳥たちはやってこなかった。しばらくして、「チュンチュン」という声が聞こえるようになって、父の想いを引き継ぐことが出来たような気がした』
と、述懐された。(素敵な話を伺いました~)

十五日(日)北鎌倉「円覚寺」にて

 一月より初めてお休みを頂き、妻と十四日から二泊三日で東京に。ポカポカ陽気に誘われて、二日目朝早くから、数年ぶりで鎌倉に出掛けた。電車で到着したのは、北鎌倉駅。
 まずおまいりしたのは、臨済宗円覚寺派の大本山「円覚寺」様。午前中のせいか、思いの外、人通りも少なく、ゆっくりと参拝できた。鎌倉幕府八代執権北条時宗が、宋の無学祖元禅師を招聘し開山とする。以後夢想疎石などの高僧を輩出。室町文化の粋を伝えている。駅前からすぐの広大な敷地に広がる境内。満開ではないが、紅白の梅、黄梅がほころぶ。
坂道を登ると、迎えてくれるのは、夏目漱石の小説『門』で有名な「総門」である。禅宗らしい質素な造りだが、「広大な慈悲の門」として荘重な雰囲気を醸し出している。
 (特筆すべきは)この二月十五日は、お釈迦様が涅槃に入られた日(示寂の日)。大方丈に、大きな『涅槃図』が掲げられていて、十時から『涅槃会』の法要が山内でおつとめされるという日であったことだ。時いたって、開始の鐘がなり、太鼓の音が大きく響きわたる。

(曹洞宗と同じように、献具の儀式がはじまる。僧侶の手から手に献茶等が渡され供えられるのだが、その都度長く引いて響く太鼓の音が添えられるのが不思議だった。~宗門では、無言の儀式なのだが~)
 意図したわけではないが、たまたまお涅槃の日に、臨済宗の大本山におまいりすることができ、心が洗われた日であった。

「お涅槃にそろりとまいる円覚寺」 俊也
「生も死も一如となりて涅槃堂」  俊也

続く

 

円覚寺総門

円覚寺鐘楼

円覚寺涅槃図

珍しい黄梅