四月、共に暮らす長男夫妻の娘が、めでたく一歳の誕生日を迎えた。遠方に暮らす長女の所には、男女二人の孫がいるが、普段はなかなか逢えず、日々の成長の機微はわからない。身近でみる内孫の生育は、びっくりするほど早いと、驚きと喜びの気持ちで見守りながら、子育てを応援している日々である。高齢化と少子化が急速に進む我が国で、生まれた子どもたちが、伸び伸びと育つことを、願わずにはいられない。
子どもたちの姿に不安を覚える
小学児童の放課後を過ごす場所として、各地に「児童クラブ」が出来ている。えりも町のある地区で指導をされている女性に、利用者の児童の現状を聞いてみた。良い所も沢山上げて頂いたが、心配な部分を要約してみる。
一、九九が出来ない。漢字が読めない、書けない。文書の読解力が不足している。
(タブレット等を使用しての授業の弊害か?)
二、一緒に遊ぶことが少ない。低学年から、ゲームやユーチューブばかり、見ている。
(集中力がないことが心配。次のものが直ぐ出るので、常にリモコンを握り、面白くないと飛ばし見する。)
両親が日中仕事している家庭の子たちが殆ど。自然に恵まれている土地であるが、外で遊ぶ子は希少。本も殆ど読まず、ゲームに一人遊びする姿ばかり。驚いたのは、「漫画本」も読まない(読めない)子たちだということ。
身体を使った遊びをしないで、映像の世界に遊ぶ子たちの心は、一体どう育つのだろうか?私は、思わず不安を感じるのである。
ADHDを才能に換える=武田双雲氏の話
4月19日 札幌のホテルのホールで、書道家の武田双雲氏のお話を伺った。「THE ART」と題された作品展の中で、自らのお話の後、実制作をしてみせるという催しだ。
熊本に生まれた氏は、東京の大学工学部を卒業の後、NTT東日本に入社。二年半勤務した後、ストリート書家として出発。道行く人の希望の字を即興で書くスタイルで修練を重ね、その後、墨を使った大字パーフォマンス等でテレビ出演し知名度を高め、アートを目指すデザイン書で、注目される存在になる。
お話は、子どもの頃からの、人と違ったエピソードから始まった。衝動的に行動することが多く、度々大けがをした。先生の話を聴いて刺激を受けると、遮って話だし止まらなくなって、先生を困らせる。周りの人が何を考えているか分らず孤立して行ったという。
母が書道家で幼い時から書道を習っていた。
電話のメモを筆で書いていたら、字が上手いと評判になる。ある女性社員の名前を筆字で書いてあげたら、その方が「初めて自分の名前が好きになれた」と涙を流して喜び、それを機に退職して、書家としてスタート。普通に生きるための諸要素には欠けていたが、型に嵌らないアートの世界に向ってから成功することが出来たと、語ってくれた。
氏は40歳を過ぎて、自分がADHD(注意欠陥。多動性障害)であることを公表。書家として成功したポイントは、ADHDだからと、同じ障害の悩みを持つ人や、その家族にエールを送る。他の人とは異なる感じ方でも、好きな事得意な事に向かって進めば、活き活きと生きられると、自ら示しているのだ。
「AI革命」と呼ばれる時代が到来と言われているが、効率化を最優先とするAIに、子育てを委ねるわけには行かない。AIには身体が無いから、「身体に根差す感情」も無い。感情が無いから、創造する喜びも、苦悩も無い。人を前進させる源は、他を愛する心や、好きな事に熱中する心によってである。
それを育む環境を、大人は作る責務がある。
一人一人の個性を豊かに育てる社会を、守って行かなければならないと、思うのである。
続く
THE ART 武田双雲
THE ART 武田双雲
アートのような?
えりも築港の風景です。
アートのような?
えりも築港の風景です。