北海道新聞「人ものがたり」 カンボジアに2校目の小学校を建設した住職 佐野俊也さん

共に学び生きたい

 夜空に浮かぶ満月を見ると思い出す。9年前、曹洞宗ボランティア団体のツアーで初めて訪れたカンボジア。首都プノンペン郊外の村で見た光景だ。

 

 熱い昼を避け、洪水で崩れたあぜ道を村人総出で補修していた。電気が通じず、満月の光だけが頼り。その中には女性や子どももいた。
「同じ宇宙の下で真摯に暮らす人たちがいる。」
懸命な村人の姿にうれしいような、切ないような感情を抱いた。カンボジアとの最初の出会いだった。

 

 えりも町の法光寺五代目住職。内戦で荒れ果てた学校を見て「何かできないか」と考えるようになった。以来、寒修行の托鉢で集めた浄財と私財で、学校建設の活動を続ける。
 四年前に続き、昨夏、二校目の小学校が完成した。首都プノンペンから220キロほど離れたスヴァイ村。300万円で鉄筋コンクリート平屋建て3教室の校舎のほか、黒板や机、イスなどの備品、井戸、村では初の公衆トイレも設置した。小学校1年生から6年生まで143人が通っている。
 1月下旬、支援者ら17人とともに、その小学校を初めて訪問した。プノンペンから村までは、数年前に造成されたジャングルのでこぼこ道。車で4時間かかった。
外部との接触がほとんどない村で、学校の前に整列して迎えてくれた子どもたちは、初めて見る外国人にこわばった顔をし、一言も発しようとしない。

 

 その表情を笑顔に変えたのは、プレゼントとして用意した長なわだった。えりも小が30年ほど前から長なわ跳びに取り組んでいることから、30メートルの長なわ2本を持って行った。「初めて遊ぶ長なわに子どもたちの笑顔が弾け、歓声が上がった。今ごろはもう上手に跳んでいるかなあ」
カンボジアはポルポト政権(1975~79年)下に、多くの仏教指導者や教師らが虐殺された不幸な歴史を持つ。その手先となった兵士のほとんどが、山奥に住む貧しい子どもたちだった。
「若い兵士も文字が読めたら、何かが違うと気付いたはず。せめて文字を覚え、本を読むことができるような教育が必要なのです」と訴える。
建設した小学校には「えりも町 法光寺」と記したプレートを飾った。そこにはクメール語と英語でメッセージも添えた。「光は知恵であり、命は慈悲である。共に学び共に生きよう」
スバイ村で字が読めるのは今のところ、村長と学校の先生だけ。しかし、子どもたちの胸に、このメッセージが刻まれる日は近い。

 

 1953年えりも町生まれ。寺の一人息子で後継ぎとして期待されるが反発し、明治大学文学部、大学院まで進み現代詩を学ぶ。卒業後は住職を志し、横浜の曹洞宗総持寺などで修行を積む。えりもに戻ったのは27歳の時。カンボジアにはこれまで4回足を運んだ。3校目の学校建設を指し、資金集めに奔走している。