善き人々に出逢う旅 令和7年10月

様々なアートに出逢う

〈九月五日 日本アセアンセンター〉

 台風が関東地方を横切り、豪雨の予報が出ていた東京だが、幸い無事到着できた。羽田空港からまっすぐに、地下鉄「御成門駅」側にある「日本アセアンセンター」に向う。
前日から開催されている『スナーダイ クマエ カンボジア 児童絵画展@東京』を、訪ねたのだ。この「絵画展」は、カンボジアの児童養護施設の子どもたちの絵を展示、販売している。主催するメアス博子さんは、美術を学ぶことがない子どもたちの情操教育のため、施設で「絵画教室」を開いてきた。「教室」といっても、先生はいない。感性に任せて、自由な絵筆使いを伸ばし、色彩鮮やかな作品が、今年も壁面を飾っていた。ホールには、Tシャツやグッズも置いてあり、その売りあげ金は、養護施設の運営費に充てられる。両親の不仲や家庭内暴力などによって、親元を離れ施設に暮らす子供たちを高校卒業まで育てるこの民間施設を、私は何回か訪れ、ささやかな支援を続けてきた。
 ひととおりホールの中を巡り、作品を鑑賞。最初に気にいった九歳のラノ君が描いた「プルメリア」という作品を、予約する。細かい絵筆使いで描かれた色彩画は、九歳の男子の絵とは思えない美しさだ。
 博子さんが、ラノ君の事を話してくれた。

〈彼は、生まれた時から母親の温もりを知らず、七歳までネグレクトが続き、姉と共に施設に来た。当初は精神的に荒れていて、いら立ちがあると暴言を吐き、物を投げるということでしか、自分の気持ちを表現できずにいた。ガラスを割ったりして、手を焼きました。しかしスタッフと一緒に真剣に向き合い、抱きしめるなどのスキンシップをとる過程で、心が落ち着き、皆から可愛いがられるようになった。〉
〈子どもが周りの顔色を気にせず、子どもらしく振舞える子ども時代をしっかりと過ごすことが、スナーダイ クマエの理念です。〉

 子どもたちが安心して仲間と暮らせる環境だからこそ、このように伸び伸びした作品が生れるのだと、私は深く納得した。

ラノ君とその作品「プルメリア」

〈九月六日 築地本願寺〉

 台風一過。昨日の豪雨が嘘のような暑い朝、『MONK ART GUDO展 at 築地本願寺』へ。
 築地は朝から、人で賑わっていた。駅から続く道には、観光客が溢れている。本願寺様の境内も、大勢の人々がいて、会館にある有名な「本願寺カフェ」も、予約待ちで一杯。朝食は後にして、まずは展覧会場に足を運ぶ。
 仏教各宗派の僧侶アーティストが、様々な作品を出していて、早くも数名の鑑賞者が訪れている。作品の販売も行い、その売り上げの一部は、被災された人々に対する支援金に充てると、うたわれている。以前札幌にいて、今は静岡の曹洞宗寺院の住職をされている柿沼忍昭師にお迎え頂き、ご自分の作品を解脱し、素材などを説明下さる。面白かったのは、ガチャの趣向を利用したおみくじ。「大吉」等の文字に、お地蔵様の絵が添えてある。
(私は「小吉」を引きました~)
 寺院の本分とは、信仰の道場として仏教を実践し、教えを敷衍する場であることが第一である。しかし現代では、広く人々に開放し外に開かれた場所であることも、同時に求められている。「仏教美術」というように、仏様を彫刻や絵画によってビジュアル化し、拝することは昔から行われて来た。それを進めて、現代アートとして表現するのは、時代に即していると思う。「築地本願寺」様は、立地にも恵まれて、先端を歩んでいるようだ。

柿沼忍昭師と師の作品

〈九月七日 赤平市全龍寺大法要〉

 六日の内に、羽田から千歳空港に戻り、七日朝、「全龍寺 開創百年大法要」に随喜をする。
 住職の吉田建法師とは、「布教法話」を学んでいた頃からの長いお付き合いで、折々に、ご法愛、ご法援を頂戴している。行持綿密な方で先達を尊び、十周年毎に工夫を凝らして、記念の法要を、檀信徒と共に営まれてきた。
 大切に護持されてきた本堂の一画に、建法師が赤い曲録に腰掛けて、「貪瞋痴」と書かれた紙を持って、説法をしている姿の絵が、控えめに張られていた。他寺の「大般若祈祷会」の際のお姿だと、書かれている。その後に

〈御説法を拝聴しました。仏道の尊く有難い智慧や大師の篤実な人柄に心打たれました。印象深い一時に心より感謝申し上げます〉

このように大きく書かれている。布教師冥利だと羨ましく感じた次第。作者は絵手紙作家で、お寺で作品展も開いたそうだ。

全龍寺様本堂に張られていた吉田建法師の布教のお姿

 アートは、人の心を豊かにし、人と人とを結びつける。

続く